原田和典の「ずっとジャズが好きでした」 ~「設立70周年 アトランティックの音の渦巻きの中へ」編

もしあなたが洋楽好きでレコードやCDを両手指の数以上所有しているのであれば、きっとその中の1枚くらいはアトランティック盤であるかもしれません。「アトランティック? なにそれ? アトラクションの間違いじゃないの?」という方でも、あの、大きな、アルファベットのAの大文字の横に、やっぱり大きな、うずまき状のシンボルが並ぶロゴ・マークを見れば「ああ、これ、見覚えあるよ」と目がさめたような気分になることでしょう。

アトランティック・レコード70周年の記念ロゴ。

ブルーノ・マーズMr.BIGクロスビー・スティルス&ナッシュレッド・ツェッペリンマンハッタン・トランスファーイエスアレサ・フランクリンソロモン・バークウィルソン・ピケットレイ・チャールズドリフターズ(いかりや長介とは無関係)、みんなアトランティックから作品を出しました。日本ではペドロ&カプリシャス(先日亡くなったムッシュかまやつ氏が作曲した「夜のカーニバル」が素晴らしすぎた)、和田アキ子、内田裕也、フラワー・トラヴェリン・バンド水曜日のカンパネラ等がアトランティックのロゴを使用して作品を出していたと記憶します。中森明菜の全米デビュー・アルバム『Cross My Palm』もアトランティックからのリリースでした。

アトランティックがニューヨークで設立されたのは1947年のことです。ロックはまだ存在しなかった時代、ということになっています。当時のアメリカにおけるポピュラー音楽の主流はカントリー&ウェスタン(白人歌謡)、リズム&ブルース(黒人歌謡)、ジャズです。アトランティックの主なターゲットはリズム&ブルースでした。ジャズのセッションもいくつか記録していますが、それが本格化したのは、25㎝LPレコードにかわって30㎝LPレコードが少しずつ普及しつつあったあたりの頃。1955年、創立者アーメット・アーティガンの弟であるネスヒ・アーティガンがロサンゼルスでのレコード会社勤務(インペリアルというレーベルでした)を切り上げて、兄の会社に合流します。

ネスヒはジャズが大好きで、かねてからいろんなミュージシャンと親交を結んでいました。アトランティック入りした彼は30㎝のLPシリーズ(いわゆる1200番台)でジャズ・アルバムを連発します。入社間もなく契約した気鋭にはチャールズ・ミンガスやモダン・ジャズ・カルテット(MJQ)がいました。ミンガスのアトランティック第1作『直立猿人』は、14分越えの曲も含む全4曲入り(片面2曲)、MJQ初のアトランティック盤『フォンテッサ』のタイトル曲は12分に及びます。こうした長尺演奏は、1956年当時のジャズ・レコード界ではまだまだ珍しいものでした。

おそらくネスヒは音楽家の新しいチャレンジを応援し、激励し、そして意欲的な作品発表の場として、彼らにアトランティック・レーベルを提供したのでしょう。ステレオ録音も55年から始めていて(ブルーノートやプレスティッジといったジャズ・レーベルより約2年早い)、58年には8トラックの録音機も導入していました(コロンビアのような大手が3トラックだった時代です)。「音楽ですらない」と酷評されることもあったサックス奏者オーネット・コールマンを59年に大いに売り出してジャズ界のニュー・ウェイヴとして認めさせたのもアトランティック。コールマンと並ぶ先鋭・前衛派に目されていたジョン・コルトレーンが、当時は非常に斬新だった“全曲自作によるアルバム”『ジャイアント・ステップス』(59年)を発表したのもアトランティックです。そういえば、アトランティックは50年代初頭、“バイノーラル録音”にも取り組んでいました。これはステレオ録音前に考え出されたシステムで、録音スタジオの両端に2本のマイクを置いて収録、その音を盤面の最初と真ん中に分けてカッティングし、それを二股にわかれたカートリッジで同時再生すると、左右のスピーカーから違う音が出てきてステレオ効果が生まれるというシロモノでした。

Giant Steps/John Coltrane

John Coltrane
『Giant Steps』

ハイレゾ 試聴・購入

アトランティックには何人ものレコーディング・エンジニアが去来しました。一番有名なのはドキュメンタリー映画『トム・ダウド いとしのレイラをミックスした男』も作られたトム・ダウドでしょう。ジャズ録音の場合、彼単独というよりはフィル・イエールとの共同作業が多かったような気がします。60年代に入ると、のちにポール・サイモンやビリー・ジョエルのプロデューサーとして大成するフィル・ラモーンが入ってきました。ジョン・コルトレーンの『オレ』は当時27歳だったラモーンが手がけた一枚ですが、3本の管楽器の快い重なりも2本のベースの分離も見事に捉えられた、当時としてはかなりの優秀録音盤です。

Ole Coltrane (Deluxe Edition)/John Coltrane

John Coltrane
『Ole Coltrane』

通常 試聴・購入

今はなき日本のジャズ雑誌「スイングジャーナル」の「1967年度ジャズ・ディスク大賞 録音賞」(60~70年代の日本のジャズ界隈では、レコード大賞なみの権威があったと聞きます)に選ばれたのが、マックス・ローチの『ドラムス・アンリミテッド』です。エンジニアにはイエール、ダウド、ロバート・ライトの3者がクレジットされています(どういう役割分担?)。6曲中3曲が無伴奏のドラム・ソロという思い切ったつくりで、これまた、アトランティックならではの自由がそうした創作を許したのでしょう。音像は目いっぱい広がり、ドラムスの打音が両スピーカーを飛び交います。マルチ・マイクで収録した演奏を思いっきり左右のチャンネルにふりわけた、というところでしょうか。とんでもなく手足の長いテナガザルのような人間が巨大なドラムを操っている図が浮かんでこなくもないですが、この、誇張気味のステレオ感もまた、60年代の風物詩として一度は体験してほしいものです。

Drums Unlimited (Mono)/Max Roach

Max Roach
『Drums Unlimited』

ハイレゾ 試聴・購入

では“真の最優秀録音盤”は何か? ぼくが真っ先に思いつくのが、やはりドラマーであるシェリー・マンのアルバム『ジャズ・ガン』です。シェリーは本当に録音運に恵まれている奏者で、ロサンゼルスのコンテンポラリー・レーベル(ネスヒ・アーティガンの友人、レスター・ケイニグが経営していました)にも山のように良い録音があるのですが、『ジャズ・ガン』の滑らかなシンバル、張りのあるスネア、切れのいいハイハットやバスドラ、すべて絶品です。しかも無茶なパンニング(音を左右に振り分ける)をしてないので、各パートのおいしい響きと一緒に、“ドラムス”という楽器そのもののまとまったサウンドも快く味わえるのです。エンジニア名はデイヴ・ワイヒマン。ロック・ドラマーのサンディ・ネルソンや、シェリーやローチの大先輩にあたるアート・ブレイキーの録音も手がけているので、ドラム・レコーディングのエキスパートでもあるのでしょう。弓弾きと指弾きを使い分けるベースの生々しさ、切れのある管楽器やピアノの響きも絶品というしかなく、次回のアトランティック・ジャズ・ハイレゾシリーズではぜひこれも、と、強く強くリクエストをしておきます。

Jazz Gunn/Shelly Manne & His Men

Shelly Manne & His Men
『Jazz Gunn』

通常 試聴・購入

 


 

アトランティック・レコード70周年を記念した特設ページを展開中! ハイレゾ音源のプライスオフも!
プライスオフ期間: 5/30(火)-8/22(火)

アトランティック・レコード70周年

 


 

■執筆者プロフィール

原田和典(はらだ・かずのり)

ジャズ誌編集長を経て、現在は音楽、映画、演芸など様々なエンタテインメントに関する話題やインタビューを新聞、雑誌、CDライナーノーツ、ウェブ他に執筆。ライナーノーツへの寄稿は1000点を超える。著書は『世界最高のジャズ』『清志郎を聴こうぜ!』『猫ジャケ』他多数、共著に『アイドル楽曲ディスクガイド』『昭和歌謡ポップスアルバムガイド 1959-1979』等。ミュージック・ペンクラブ(旧・音楽執筆者協議会)実行委員。ブログ(http://kazzharada.exblog.jp/)に近況を掲載。Twitterアカウントは@KazzHarada

 

原田和典さん 執筆記事一覧はこちら